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続・パーテケ伝!!水奮闘記とその日常…
病院よもやま話 vol.1

先日、乳腺外科の待合室にて。
かなり待たされるので、初診的な人や付き添いが浅い人などプリプリしている人も多い。

それでも比較的静かではある。
が、男性の声が聞こえてきた。
「そんな訳ないでしょ!?」
かなり怒り気味な口調。
待たされて怒っているのだろうか、と思ったら「そうやっていつも順番が来ないから先生が診てないとかいうけど、ちゃんと診てくれてるし、みんな待ってるんだよ!」と年老いた母親らしき人に怒っている模様。
わざわざ付き添っているのにずっとボヤかれていたのだろう。
嫌なら帰るの?いつもいつもそう言うけど!など言っていたが、私はケモ室に向かわなければならなくその後親子が帰ったか仲直りしたのかわからずじまいだった。

注射も終わり、激混みだったので会計中にレストランで昼食を取ることにした。

きつね蕎麦とミニマグロ丼のセット。
意外とマグロが美味い。
と、背後から男性の声が。
「だから!あっちで会計済ませてくるから!待ってられないなら一緒に行く?また迎えに来るに決まってるしょ!?」と怒っている。

この日はかなり混んでいたので、みんなピリピリしてるな〜と振り向くとさっきの親子だった。
しばらくしてもう一度振り返ると、お母さんが1人でいた。
会計に行っているのだな。

なんだか不思議な優しい世界を見た。


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病気自慢 | 22:27 | author ぱーちくりん | comments(0) | trackbacks(0) -
13年前の急性腹膜炎を思い出した件 その4

その3からの続き

 

大部屋に移るとかなりの奥方と6人部屋で過ごすことに。

食事も出来るようになったので、自分でトイレに行けるようになった。

腹の傷を見るとおへその上辺りからそって下に向かって伸びてホッチキスの芯みたいのがダダダと並んでいる。

なんじゃこりゃ〜!!傷やらなんやら!色んな事が起こっていると気づく。

それでも大部屋では話も合わないし、日に日に元気になっていくのでカラカラと点滴の棒のやつを持って院内散歩に出かける。

徐々に友人もお見舞いに来てくれるように。

夕方、当時静岡では確か午後5時から水戸黄門の再放送がやっていてそれを観て印籠を出す頃夕飯が配られた。W楽しみである。

 

とある日、向かい側の奥方が私の隣の奥方にすごい剣幕で

「ちょっとアナタ!!アナタのいびきで寝られないのよ!!どうにかならないの!?」と言っている。

「すみませんすみません」と謝っているけど、そんなに気になるかねぇ。

つーか、私よく寝ているのか全然知らないけんな〜。といると

「アナタねぇ!隣の大場さんもきっと迷惑してるんだからいい加減にして頂戴っ!!」ファッ!?!?

今度は隣の奥方私に向かって「すみませんすみません」言ってきた。

私は全く気にならないので、気にしないでください。というと後日みかんをくれた。

 

朝日と共に起きて、電気が消えると寝ていた。

また当時はカーテンをあまり皆閉めなかったのでオープンに共同生活みたいな感じだった。

看護師さんが「ここはちょっと年齢的に合わないでしょ?婦人科の病棟に行けばよかったね。」と言われたけれども

この変な人間交差点感がたまらなかったし、人見知りだから婦人科のほうがダメだったかも!

 

で、経過も良好。

抜糸の日を迎える。

ピンピンとお腹のホッチキスを取っていく。

その日に旦那さんが煙草とライターを買ってきてくれた。

不思議と吸いたいとか思わなかったけど。

「抜糸記念」とのこと。

よく退院して煙草を吸ったらクラクラしてやめれた、という話を聞いていたのでそんな覚悟をして喫煙所に(当時は駐車場にスペースがまだあったのです)。

ムショ帰り的な気分で一服すると。

なにこれウマーイ!!

健康だと煙草もウマイ!!

色々聞くと相当大変だったようだし、あとはもうおまけの人生として好きに生きよう。酒も煙草も!

 

そして病室、喫煙所、院内散歩ぐるぐるしていたら退院していいよと言われた。

入院、手術から2週間。

あれ?最短でも2ヶ月入院するんじゃ・・・?

「驚異の回復力です。」

ゾンビ的な感じで復活を遂げたのでありました。

退院前に看護師さんに何か注意事項がないかと聞くと特にないらしい。

死にかけたのに、んなアホな。

と問いかけると、「ん〜しいて言うならみかんは食べないほうがいいかな?」

その1でも書いたけど、みかんのゼリーを買ってやるから病院へ行こうと言われ入院になったから帰ったら一番にみかんのゼリーを食べようと思ったのに。

と、後日詳しく聞くとお腹を開いた人はしばらくは繊維質とか控えたほうがいいらしい。

みかんと言っても皮とか白い部分とか。ゴボウなどもしばら控えめにとのこと。

13年も経つともう食べますけどね!

 

思い出して話すことはあっても、こうやって改めて文章にしてみようと思い返すと感慨深く感じます。

生活がだらしなくなってしまうのも良くないし、そして人に感謝の気持ちも忘れがちなのを反省できた。

 

癌のこともちょくちょく思い出していこうと思う。

 

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病気自慢 | 20:44 | author ぱーちくりん | comments(5) | trackbacks(0) -
13年前の急性腹膜炎を思い出した件 その3

その2からの続き。

 

集中治療室にて。

 

うっすら目をあけるとベットの周りに旦那さん義父母、両親などが囲んでいたように思う。

目があいた!と皆が喜んでいる。

何事か理解できない私は、力を振り絞って手をシッシと動かし虫の声で「いい加減にしてぇ」と言ったらしい。

一発目から毒ずいている私を見て家族は「奈緒子が戻ってきた!」と喜んだと聞いている。

目が開いたことを早速ナースステーションに報告に行くと先生ご一行様が次から次へと来た。

自分に色んな機械や管が付いている。口に酸素のやつも。全然動けない。

見たことも無い若い先生が来て手を握って涙ぐみながら「本当に良かったです。生きていて良かったです。」と言ってきた。

初めて立ち会った手術なのかいな?と思ったけれども、まだ体は動かない。

でも口につける酸素のやつがすごい邪魔だ。顔面筋を全力で使い、ずらして普通に息をする。楽だ。

と思っているとすぐナースが来て「ずれちゃいましたね〜」と直していく。

ずれたんじゃない、ずらしたんだっ!声にならない。

両鼻から管が出ていて思ったように話せない。この管はお腹まで届いていて、中の膿を出す役割とのこと。

その膿が詰まると気持ち悪くなるので看護師さんに抜いてもらう。

そして時間が経つにつれ、この両鼻の管の違和感が半端なく感じられる。

頻繁にナースコールをしては気持ちが悪いから抜いてと告げていたら、「もう詰まってないんだけどねぇ」と言われたが

しつこくい位に呼んでいたら管を抜いていいか先生に相談してくれるとの事。ありがてぇ!

先生にとてもつらいので抜いて欲しいと懇願すると抜いてくれることになった。

抜くときの独特の気持ち悪さは合ったけれども、全部抜けたときの爽快感!!

ハーハーしながらいると

「どう?楽になった?」

「ハイ!ありがとうございます!楽です!」というと

「じゃあ落ち着いたら言ってね。もう一回入れるから。」

 

鬼だ。鬼がそこにいる。

天国から地獄とはこのことなり。

逃げようにも走るどころか立てもしない。

結果、落ち着いてもいないのに管をもう一度麻酔なしで入れられ、泣きながら何故!殺せ!いっそのこと殺してくれ!と苦しんだ。

 

膿を出す管はお腹から4本、鼻から2本の計6本出ていたが、日が経つにつれ口の酸素が取れて管も少しづつ減っていった。

 

また他の偉い先生が来て「この子まだ寝てるの?早く動かせなきゃダメだよ!」なんて文句を言われた。

くっそー!と思って人がいないときにベットの周りをぐるぐる回ったりもした。全部ナースに見られているとも知らずに。

しかし、何日寝ていたのか、最初に立ち上がったときは自分の体ではないように感じるほど思ったように動かない。

 

母もよく見舞いに来てくれ昼夜付き添ってくれた。

向かいのベットの盲腸かなんかの手術をした奥方が「○○さ〜んおなら出ました〜?」って聞かれて「全然でないんです」

私と母とで顔を合わせ「寝ているときにしてたけんねぇ。教えたほうがいいだか!」なんて笑い合えたり。

 

この辺の時系列が定かではないが、段々と回復に向かいやっとある日のお昼ご飯から食べていいと言われる。

お昼に箸持って待っていると看護師さんが「あれ?大場さんお昼からご飯だっけ・・・?ちょっと待ってて!」

しばらくして戻ってきて「ごめんなさい!伝達が上手くできてなくて、夜からになっちゃった!ごめんなさい!」

(゜◇゜)!!!腹減った。何日食べていないのだろう。涙を飲んで我慢してやっと夜に!

最初のご飯は糊みたいな重湯と具の無い味噌汁。

ひどく美味い!!!

そんなものを美味いといっている私を見て家族も嬉しそう。

こうして回復に向かい、ICU→個室→大部屋に移動の予定が個室が用意できなくて大部屋に移動になった。

旦那さんからは、最短2ヶ月で退院とこの時は聞いていた。

 

 

その4へ続く

 

 

 

 

 

 

 


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病気自慢 | 21:52 | author ぱーちくりん | comments(13) | trackbacks(0) -
13年前の急性腹膜炎を思い出した件 その2

その1からの続き。

 

朝起きると検査やらでベットのままあっちこっちに移動。

移動中に旦那さんの友人夫婦らしき人が見える。

「(わざわざ来ていただき)おそれいります」と言った。

私は超近視で乱視その上意識が朦朧としている。

旅行を取りやめた両親は自分の親もわからない娘を見てヤバイと思ったようだ。

 

お腹の跳ね返りは見られるものの、原因はわからず開腹しないといけないらしい。

即手術が必要等の説明を家族が受け、同意し手術へ。

手術になる旨を伝えられるが、自分でもかなり状態は悪く「楽になるならなんでもいいからしてください」と言う。

 

このときの状況を母は「まな板の上の鯉状態の人を初めて見た。」と語っている。

待合所で待っていると

「大場さ〜ん!大場さんのご家族の方〜!」と何度か呼ばれ、

この臓器を取らないといけないけどいいですか?とか

思ったより炎症が酷くてこの臓器も取らなければ危ないので取ってもいいですか?とお伺いを受けたらしい。

そのときの状況は旦那さんから「お義母さんがそれを聞いてショックでよろけていた。」と聞いている。

ショックでよろけるなんて状況死ぬまでにあるのだろうか?

 

こうして手術を終えて集中治療室(ICU)へと向かうことになる。

 

ICUと言っても、ナースステーションの横にあって、様子を常に見てくれるという部屋で

手術を終えた患者がとりあえず通過する部屋のよう。

外から旦那さんが見ていると入院患者のジジィが「あの子は危ないね。あんな顔色じゃあ長くないね。俺にはわかる。」と言って去って行ったようだがネスカフェかっ!!てかシステム!新生児かっ!!

 

 

その3へ続く。

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病気自慢 | 20:39 | author ぱーちくりん | comments(6) | trackbacks(0) -
10年以上前の急性腹膜炎を思い出した話その1

最近、やっと同級生たちも体の不調を訴え始め病気自慢で持ちきりだが、こちとらもう2.5回も死にかけてるわけで。

もはやもう死なないなと思う。

 

1回目の死にかけた話を。

思い立って日付を確認してみた。平成16年。

13年前の話である。

 

その頃は店の開業準備に忙しく、腰が死ぬほど痛いときもあったのだけど近所の病院で注射を打ってもらって乗り切っていた。

ある日、家電製品の見積もりを貰いに量販店に行くも寒気とかが半端ない。

今日しかないけど、続行不可能だったので帰宅。意識が朦朧としていたので駐車もやっとできた。

友人と旦那さんから電話をもらって調子が悪い話をしたのだが、ろれつが回らなくて何を言っているかわからないらしく「昼間から飲んでるの?ご機嫌だね!」みたいなことを二人とも言って電話は切れた。

 

吐き気と下からもすごくて、必死に起きてはトイレに向かう。熱もはんぱない。

その時の自分の顔が、真っ青を通り越して黒かったのを覚えている。

「今年の風邪はキツい!!」などと思っていると、そのうち旦那さんが帰宅。

電話の時点で酒を飲んで倒れていると思ったようだが、顔を見てやばいと感じ取ったようだ。

「病院に行こう」「救急車呼ぼう」

風邪だと思い込んでいる私は寝てれば治る、と何度も拒んだのだけれども帰りにみかんのゼリーを買ってくれるというので救急車は拒否したけど夜間の救急当番の病院に行くことに。

 

行く前に電話をした時はすぐ見てくれるようだったが、行くと自殺未遂した女性が救急車で運ばれていて隣のベットで処置をしてもらいながら彼氏か旦那の悪口を言っているのが聞こえる。

勘弁してくれ・・・

看護師さんに「アナタ!こんなにひどいなら救急車で来ればいいのに!規定であの人先に見なければならないじゃない!」と怒られたのも覚えている。

色々診察をして「入院です」と言われるも「帰る!」と言い張るが「一泊だけの検査入院だから。今日は遅いし泊まっていきなさい」

と諭され、察しのいい旦那さんは入院準備もしてきてくれたようだし一泊だけならと承諾した。

ゴロゴロと病室に運ばれ所定の位置に到着。

看護師さんに「トイレの場所だけ教えてください」と告げると

「ゼッタイに無理ですよ!」とおまるを用意された。

この時点で自分に何が起きているか察するべきだが、翌日から両親が旅行に行く予定だったので旦那さんに

「両親にだけは入院したことは言わないで!心配して旅行やめちゃうと悪いから。」というと承諾してくれたので安心して寝たような気がする。。。

 

翌日編へと続く。

 

 

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病気自慢 | 21:18 | author ぱーちくりん | comments(0) | trackbacks(0) -
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